研究内容
地上から宇宙に至るまで,火災・爆発事故をなくそう!
本研究室の出発点は火災・爆発事故の防止です。地上での火災・爆発事故防止は当然のこと,最近では宇宙空間における火災防止もターゲットにした研究を行っています。例えば地震等の災害時には,パイプラインの破断等によりガスが噴出することがあります。このとき,噴出先に高温の熱面があったりすると着火・爆発に至る恐れがあります。また,たとえば水の電気分解システム等では,生成された水素と酸素が配管内で混合される場合がありますが,この配管が外部の火災等の影響を受けて加熱されると,着火に至る可能性があります。どのようなエネルギー条件,濃度条件の場合に着火が起きうるか,またそれを検知する予兆のようなものを探し当てて,これをモニタリングできれば,火災・爆発事故の防止に役立ちます。
また,宇宙船内は密閉空間です。ここで火災が起きた場合,水や不活性ガスはなかなか使いにくいです。そこで火炎を掃除機のように吸引して消火する方法を研究しています。これは地上の火災の初期消火にも使えると思っています。また,地震があるとなぜ火災が生じるのか,揺動する燃料の着火メカニズムを明らかにする研究を始めようと思っています。
【噴出可燃性ガスと熱面との衝突による着火性とその予兆検知】
燃焼には燃料と酸素が必要です。「最小着火エネルギー」,「消炎距離」,「自動発火温度」などの着火性評価指標は,主に可燃性ガスと空気(中の酸素)があらかじめよく混合された,いわゆる予混合気を対象として測定されています。しかし,実際の事故では,主に純粋な燃料のみが空気中に噴出してきて,これが空気中の酸素を巻き込みながら可燃性混合気を形成します。これにエネルギーが与えられると着火するわけですが,乱流によるエネルギーの散逸や濃度分布の不均一などによって,着火は予混合気の場合よりもずっと複雑な現象になると考えられます。このような場合の着火の臨界条件を解明するべく,実験及び数値シミュレーションをメインに研究を行っています。
気相メタン/液化プロパンを高温の熱面に吹き付けた場合の様子です。気相メタンは密度が小さいので火炎が薄いです。液相プロパンでは熱面との衝突によりまず蒸発してから着火に至るので,熱面温度が低い場合は着火までの遅れ時間が長くなります。
また,「最小着火エネルギー」や「消炎距離」などの着火性評価指標では,着火の成否は評価できますが,そのエネルギー源にさらされてから「いつ着火するか」はよくわかりません。最近,着火のように急激に状態が遷移する現象では,例えば温度に現れるノイズや,温度自体の変化の相関を解析することにより,状態遷移の予兆をとらえられる可能性があることが指摘されています。本研究はこのような数理的手法を用いて,着火現象の予兆をとらえることを目指しています。
【宇宙環境での火災の防止に向けて】
最近の技術の進歩により,人類が気軽に宇宙に旅行に行くことも夢物語ではなくなってきました。しかしながら宇宙船内は密室で,かつ多量の電気系統が存在しているので,宇宙船内で火災が生じる可能性は否定できません。宇宙空間では無重力なので,着火や火炎伝播挙動は地上のそれとは大きく異なります。また,密室であることを考えると通常の窒息消火法を適用するわけにはいかないので,人体に影響を及ぼさない,新たな消火法の開発が必要になります。高校の物理を応用すると,地上でも一瞬ですが微小重力環境を再現できますので,これを用いた実験的な研究を実施しています。
①そもそも宇宙での重力環境を再現するには?
高校の物理で「慣性力」を学んだと思います。加速度の方向と逆向きに働く見かけの力で,例えば降下するエレベーターに乗っている人間には上向きに働きます。この分だけ人間に働く重力が減じられます。降下中のエレベーターに乗っていると浮くような感覚を受けるのはこれが理由です。慣性力はエレベーターの加速度に比例しますので,自由落下(加速度が重力加速度に等しい)であれば,人間に働く重力と慣性力は向きが逆で大きさが等しいことになります。この場合,合力は0となるので,無重力状態になります。実際には空気抵抗などによって自由落下時の加速度を完全に重力加速度に一致させることは難しいので,完全な無重力は達成できませんが,このように自由落下を利用して微小重力環境を再現する手法が一般的に用いられています。本研究室では高さ1.5mの落下塔を製作しています。約300 msの間,0.1~0.01G程度の微小重力環境を作り出せます(一瞬です)。
左:エレベーター内の人間にかかる力のつり合い。中央:当研究室で製作した落下塔により達成できる微小重力レベル。右:当研究室で製作した落下塔。
②微小重力環境で炎はどうなる?
水の中に発泡スチロールを入れると浮きます。発泡スチロールには重力と水からの浮力がかかります。重力は発泡スチロールの体積に発泡スチロールの密度と重力加速度を,水からの浮力は,発泡スチロールの体積に水の密度と重力加速度を乗じると求まります。このとき,発泡スチロールのほうが水より密度が小さいので,重力よりも浮力が大きくなるので浮きます。火炎の場合も同じで,発泡スチロールが火炎,水が空気だとしますと,火炎のほうが密度が小さいので,火炎は浮こうとする(上に伸びる)わけです。ところが微小重力環境では重力加速度がほぼゼロになってしまうので,浮力も重力もゼロになってしまいます。そのため,上に伸びようとはせず,単に物質の分子拡散に依存して輸送されます。つまり,火炎は同心円状に広がります。
③火炎を吸って消せるか?
そもそも燃焼現象には3つの要素が必要だと言われています。①燃料,②酸化剤,③エネルギーです。これらのうち1つでも欠けてしまうと燃焼反応を維持できず消炎してしまいます。例えば電線火災の場合,燃料となるのは電線被覆(が加熱されて気化した蒸気)で,酸化剤は周囲空気中の酸素になります。火炎を吸引することで火炎周囲の未燃の電線被覆蒸気を吸引できれば,燃料が不足して消炎します。また,吸引することで火炎から熱を奪い,電線被覆の熱分解を抑制できればこれもまた消炎します。このように,火炎(およびその周囲のガス)を吸引することにより消火が可能です。これを基礎に,より効果的な消火法の開発,微小重力環境での適用の可能性に向けて研究を進めています。
左:水平電線を伝播する火炎。伝播中に自由落下させて低重力環境にしたもの。右:水平電線を伝播する火炎に吸引流を作用させた瞬間(通常重力環境)。吸引口周辺の発光が薄く,このぶぶんで煤が吸引されていることがわかる。
【地震火災の防止に向けて】
2024年1月に発生した能登半島地震では,被災地で大規模な火災が発生し,多くの被害をもたらしました。地震火災時の火災原因は様々ですが,ガス管が破損して何らかの着火源により着火に至ったり,コンロやろうそくなどの炎が倒れて周囲に延焼したりすることによる,と言われています。そもそも地震など,火源が揺れた場合に火炎がどのようなふるまいをするのか,についてはあまり明らかになっているとは言えず,周囲への熱影響なども定量的なところは不明です。本研究室ではこのテーマを実験的に取り組んでいく予定です。