研究内容

次世代エネルギーの着火・燃焼特性の学理

カーボンニュートラルを達成し地球環境保護に貢献するために,水素やアンモニアなど燃焼時にCO2を排出しない,いわゆる脱炭素エネルギーの実用化が期待されています。また,温室効果が高いとされているフロン系冷媒(エアコンガス)を,例えばプロパンのようなより地球温暖化係数(GWP)の小さいガスに転換する動きも進んでいます。一方で,これらのガスは燃焼性や毒性などを有しているものがほとんどです。したがって実際にエネルギー源やエアコンガスとして利用する場合,何らかの理由で漏洩し着火すると火災・爆発事故に至る恐れがあります。すなわち,燃焼現象の有効利用を目指した燃焼工学の観点からも,火災・爆発事故の防止を目指した安全工学の観点からも,可燃性ガスの着火・燃焼特性は極めて基本的かつ重要な特性です。

ところが,その全貌が完全に明らかになっているかというと,そうでもありません。たとえば・・・

①どれだけのエネルギーが与えられると着火するのか?

一般に「最小着火エネルギー」というものが知られていて,『〇mJのエネルギーが与えられると着火する』として評価されています。しかし,例えば熱面による着火であれば,このエネルギーだけ与えてもそもそも熱面が高温にならないので,着火しません。また,レーザーの場合は1パルス当たりのエネルギー供給時間が短いので,火炎が十分成長するのに要する時間と比較すると,エネルギー供給が止まってからの時間のほうが長かったりしますので,その分最初にかなり大きなエネルギーを得ておく必要があります(つまり,上で言う「最小着火エネルギー」より大きなエネルギーが必要になる)。このようなことから,着火の成否を評価する指標は着火源によって変わってきてしまいます。そこで,着火に及ぼす着火源種類の影響を実験や数値シミュレーション,理論解析をもとに調べ,着火源種類に関係なく成り立つ学理を追究しています。

着火の様子は着火源によって異なります。左:レーザーブレイクダウン着火,中央:静止(上段)および流動(下段,3m/s)予混合気のスパーク着火,右:熱面着火。いずれもプロパン/空気予混合気。


②ガスが流動すると着火性はどうなるのか?

一般に,ガスが動くと着火性は悪くなることが多いです。着火性は「最小着火エネルギー」や「消炎距離」といった指標で評価されます。2枚の平板間で火炎が形成された場合を考えてみます。火炎は熱いが平板は冷たいので,火炎から平板に熱が失われます。平板間隔が広いと,平板間を満たしている火炎も大きいので,火炎が持っているエネルギー(熱)が大きいので,少々熱を失っても火炎は火炎の状態を保てます。ところが平板間隔が狭くなると,火炎がもともと持っているエネルギーが少なくなるので,平板との接触で熱が失われて消炎してしまいます。この限界となる平板間隔が「消炎距離」です。よって,消炎距離を直径とする火炎球が持っているエネルギーが「最小着火エネルギー」ということになります。

ところがガスが動くと,平板と接触している時間が短くなるので熱損失が小さくなるので消炎距離は小さくなりますが,では最小着火エネルギーも小さくなるか?というと,そうとも言えないように思われます。つまり,「最小着火エネルギー」と「消炎距離」の関係は静穏時と流動時とでは保存されていない可能性があります。ここに目を付けて,両者の関係をさらに明らかにするべく研究を展開しています。

平行平板間を伝播する火炎に及ぼす流速の影響。流速ゼロの場合は比較的火炎面がきれいですが,流速が増加するとともに火炎が乱れます。この乱れは火炎面積の増大を招き,燃焼威力の向上につながると考えられます。


③純粋な燃料が着火源に衝突した場合の着火性は?

燃焼には燃料と酸素が必要です。「最小着火エネルギー」,「消炎距離」,「自動発火温度」などの着火性評価指標は,主に可燃性ガスと空気(中の酸素)があらかじめよく混合された,いわゆる予混合気を対象として測定されています。しかし,実際の事故では,主に純粋な燃料のみが空気中に噴出してきて,これが空気中の酸素を巻き込みながら可燃性混合気を形成します。これにエネルギーが与えられると着火するわけですが,乱流によるエネルギーの散逸や濃度分布の不均一などによって,着火は予混合気の場合よりもずっと複雑な現象になると考えられます。このような場合の着火の臨界条件を解明するべく,実験及び数値シミュレーションをメインに研究を行っています。


④着火の予兆を予測できないか?

「最小着火エネルギー」や「消炎距離」などの着火性評価指標では,着火の成否は評価できますが,そのエネルギー源にさらされてから「いつ着火するか」はよくわかりません。最近,着火のように急激に状態が遷移する現象では,例えば温度に現れるノイズや,温度自体の変化の相関を解析することにより,状態遷移の予兆をとらえられる可能性があることが指摘されています。本研究はこのような数理的手法を用いて,着火現象の予兆をとらえることを目指しています。


⑤着火・燃焼性を制御できないか?

例えば水素は非常に着火しやすい,燃焼速度が速い,単位質量当たりの発熱量が大きいといった特性があります。一方アンモニアはその逆で,いわゆる「燃えにくい」ガスです。したがって,現在のインフラにあまり変更を加えずにこれらを実用化するには,着火・燃焼性の制御が必要です。そこで,着火手法の工夫(レーザー,電気スパークなど),不活性ガス(アルゴン,ヘリウム,二酸化炭素,窒素など)の添加,酸素富化,などの手段によって,着火性・燃焼性を制御する研究を行っています。特に,水素/アンモニア混合燃料,水素/メタン混合燃料などを対象にしています。


このように本研究室では,次世代エネルギーの着火・燃焼特性の学理を理論・実験・シミュレーション技術を駆使して明らかにするべく研究を行っています。その成果に基づいて,着火・燃焼特性の予測・評価手法を確立することにより,カーボンニュートラル達成のための次世代エネルギー実用化を目指しています。本研究は主に日本学術振興会の科学研究費補助金や,企業との共同研究,研究助成などを受けて実施しています。一部は(国研)新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)委託事業の一環として実施されました。